My jouney of aikido

ナポリ Napoli

合気会ナポリ道場

1.道場までの道のり

ナポリの東、メルジェッリーナにあるレプッブリカ公園の海岸沿いに立ちナポリ湾を眺めると、12世紀に立てられたサンタ・ルチアの卵城をはさんでヴェスーヴィオ火山を望めることができます。照りつける日差しに輝く青く透き通った海と雄大な火山の風景はずっと眺めていても飽きる事がありません。そこから真後ろを振り返ると丘を覆い尽くすように立てられた無数の建物が目に入ります。
 今回訪問した合気会ナポリ道場はこの丘の中腹の一角にありました。イタリア合気会のホームページをみるとナポリには五つの道場があることが分かります。その中で宿泊したユースホステルに最も近かったのがこの合気会ナポリでした。
 道場の住所はクリスティーナ・ディ・サボイア通り61 B。この通りはコルソ・ビットリオ・エマヌエーレ駅から始まる傾斜の強い曲がりくねった一方通行の細い道で、自動車が引っ切りなしにおりてきます。
道場を探し車の流れに逆らって坂を登っていると、ぶつかりそうになった車の運転手が大声で怒鳴りあいをしているのに出くわしたり、前を歩いているおばさんが突然振り返り「アメ食べる?」と話し掛けてきたりしました。これまで訪れたミラノ、ボローニャ、フィレンツェとは全く違う雰囲気です。
 道場につくまでに腹ごしらえをしようと店を探しながら歩いたのですが、あるのは一軒家や石造りのアパートばかりで、食べ物を売っているところは一つもありませんでした。結局、お腹をすかせたまま61Bにたどりつきました。

2.AIKIKAI NAPOLI道場のようす

練習は全員の準備体操から始まりました。全員が先生の号令に合わせて丹念に準備体操をしています。
道場は白いアパートの地下にありました。開いた黄色い扉の裏に看板があり、 PALESTRA SKY WORD と道場名が書いてありました。その下にアルファベットで、空手道、柔道、合気道、カポエイラ、太極拳、功夫(少林拳)、キックボクシング、ヨガ、器械体操、セルフディフェンス、エアロビクス、フィットネスボクシングの名前が羅列してありました。
 受付がある部屋から半円形の入口越しになかの道場を見ると出っ張ったアーチ状の梁があり天井はカマボコ型をしていました。おそらく地下の貯蔵庫を改造して作ったのでしょう。もしかしたら昔はワインセラーだったのかもしれません。受付の壁には明らかに漢字圏以外の人が書いた書画やカラフルなヨガの概念図が飾ってあり、壁のへこんだところには飾り太刀と太った布袋さんの像がありました。ちょっとした不思議空間です。
 
 ちょうど合気道の子供クラスが終わったところで、親が子供たちを迎えに来ていて受付は騒然としていました。その中から引き締まった紳士が出てきて私に話し掛けてきました。この道場の創設者で空手の指導者であるアントニオ先生でした。合気道の稽古に来たというと、 ぼうぼうにヒゲをはやしたキリストのような風貌のおじさんに会わせてくれました。Tシャツに短パン、サンダル姿のこの人が合気会ナポリのリノ・ボナンノ先生でした。
 「東京から旅行できました。合気道の稽古に参加させて下さい。」とお願いすると歓迎してくれました。大人の合気道の稽古が始まる前に軽く食事をしたいので近くに店はないかきいたところ、じゃぁ食べられるところに連れて行ってあげると言って、コルソ・ビットリオ・エマヌエーレ駅前のバーに連れて行ってくれました。
 蛸の煮物、アランチーニ(チーズ入りライス・コロッケ)、グラタンを食べながらリノ先生と話をしました。先生は1971年に合気道に出会って以来、体調を崩して休んだ一時期を除いて30年以上ずっと合気道を続けてこられたそうです。千代田区合気会について説明すると、高段者が多い事に驚いて「イタリアは日本から遠いためか長く合気道をやっている人でもなかなか段位があがらないんだ」とおっしゃっていました。先生も4段になって既に10年以上たっているそうです。弓道や大東流など合気道以外の日本武道も経験した事があり今は書道にこっているとのことでした。
 帰国してから合気会ナポリ道場のパンフレットをイタリア語から英語に翻訳して読んだところ、先生がナポリ合気会を設立したのは1977年で初段の時だったと書いてあることが分かりました。おそらく当時のナポリには合気道の道場が一つもなかったのでしょう。どうしても合気道をやりたくて自分で道場を作ったのだと思います。
私も合気道の道場が一つもないアメリカの片田舎に留学した時、大学に合気道クラブを作って指導をしたことがあります。まだ初段でした。 生徒募集のポスターを大学の掲示板に貼ったら、ボブ・サップのような筋肉隆々のアメフト選手が来てビックリしたこともありました(笑)。
 
この日の生徒は有段者が1人、白帯6人と少人数でした。
ボローニャの道場と同じように準備体操に続いて船漕や振魂といった鎮魂法をやりました。そして技はいきなり後ろ首締め一教から始まりました。例えば、受けは右手で相手の右腕手首をつかみ、後ろ取りの要領で相手の後ろに回りこみ左手で相手の右襟をとるようにして左腕で首を絞めます。この状態から仕手は一教をかけます。
技をかける腕は首を絞めている左腕です。じっとしたままでは首が絞まったままなので、右足を大きく前に踏み出しつつ右手を大きく前に出し、相手を半時計回りに振り動かします。この瞬間に少し頭を下げながら前傾姿勢になると首を絞めている腕が緩み、その間をすり抜ける事が出来ます。この状態から相手の腕(左手)に一教や二教をかけたり、手首をつかんでいる相手の腕(右腕)に小手返しをかける技を稽古しました。
 先生の技はとてもダイナミックでその動きから多田先生の影響がありありと感じられました。まだこのような複雑な技のできない初心者の人たちには先生が四方投げなど基本技を教えていました。

次に天地投げをやりました。これも少しかけ方がかわっていました。まず両手をつかまれたら、バスケットボールを手ではさんで持っているような形をつくり、そのボールを90度まわしながら相手に押し付けるような動きをします。こうして相手を崩した状態から今度はボールを反対向きに180度まわすように動かし天地投げに入ります。
言葉では説明が難しいのですが、天地投げをかけかけて相手とぶつかったら天の手と地の手を入れ替えるような感じでした。続いて、座法で正面打ち入り身投げと呼吸法をやりました。  最後に武器の稽古になり、木刀の素振りと杖の型をやりました。杖の型は多田師範が指導されたものらしく31の杖とは違うようでした。最後に白帯の生徒が杖で型を演武してくれたのですが、なんとそれはビデオでしか見たことがない大先生の杖の動きでした。多田師範から教えてもらったのか、ビデオから復元したのか分かりませんが、これには本当にビックリしました。